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安全への逃避

安全への逃避

10年間、大事に持っている本がある。

『-20世紀の証言- ピュリツァー賞 写真展

ピューリッツァー賞は1917年、新聞社を経営していたジョセフ・ピューリッツァーらの遺志により設立された新聞など写真や文学などのジャーナリズムに対して贈られる権威あるもの(写真部門は1942年から)。

この本には、世界中で起きた様々な事件・事故、戦争など、”その一瞬”を切り取った写真が年代別に収められている。

報道カメラマンが撮影することには、ときに賛否両論が起きる。

「何故、助けずに写真なんか撮っているんだ!」

事故などでの写真に対しては、こういった声も起きる。

金のため?自らの名声のため?

確かに、それが目的の、だった人もいるだろう。

ただ。

ピューリッツァー賞での賞金は、昔は2,000ドルだったそうだ。

今でこそ10,000ドル貰えるらしいが、それでも死と隣り合わせた中で受け取る対価としては、いささか割に合わない気もする。

受賞したものの、人々の非難や罵声を苦に死を選んだ人さえもいる。

そこで起きている”今”を正確に伝えたいという、ジャーナリズムの真摯な姿勢が彼らを突き動かしているんだと思う。

少なくとも、事件や事故が起きて携帯片手に写メや動画を撮って放送局に送っている野次馬の感情とは違うはずだ。(事件解明に役立つ場合もあるから、一概に非難はできないけれど…)

さて、何故その本を今日、紹介するのかというと…。

安全への逃避

そのピューリッツァー賞をベトナム戦争を扱った『安全への逃避』と題したこの写真などで受賞した写真家・沢田教一さんの誕生日だから。

(お誕生日、一緒ですね!ますみさん♪)

1932年2月22日に生まれた沢田さんは写真店に就職し写真の技術を学ぶ。

そして、フォト・ジャーナリスト、ロバート・キャパの写真集に衝撃を受けて、本格的に写真家になることを決意した。

1961年には当時AP通信やロイター通信などと並ぶ通信社だった、UPI通信に入社しベトナム戦争などで死も恐れずに取材。

1966年にピューリッツァー賞を受賞後も、戦争や事件の最前線で活躍したが5年後の1970年10月28日、カンボジア戦線で狙撃され死亡した。

この写真からは、本当に”その一瞬”が伝わってくる…。

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コメント

昨日はありがとう♪
私は狙撃されるのは嫌だけど今日を精一杯に生きたいです! 雨だけど~ 昨夜の余韻が残っているので(笑)
天文館に消えて行ったけど~又、野郎君たち?

投稿: どりーむ・ますみ | 2009年2月22日 (日) 19時23分

昨日は素敵なお誕生日になったみたいですね。
あの後?
美女としっぽり…な訳はなく、飲み屋で古い友達と何年かぶりに偶然、再会して盛り上がり遅くまで飲んでました(笑)

投稿: 次郎ramos | 2009年2月23日 (月) 11時01分

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